MODEL | Ref.6305 オイスターパーべチュアル デイトジャスト 3’rdモデル |
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MOVEMENT | Cal.745 |
AGE | 1950年代 |
MATERIAL | 18金無垢ピンクゴールド |
SIZE | 34mm/横径リューズ含めず×39mm/両ラグ先端まで |
幻オール18金無垢ピンクゴールド★ロレックス デイトジャストRef.6305★3’rdモデル
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紅色にそのボディーをオーラのように輝かせ、時にそれは人の心を癒してくれるような優しい漂いとなり、時に人の心を惑わし、見ているだけで時が止まるかのように茫然と我を忘れてしまうような魔力に似た魅惑な輝きともなっていくローズゴールドという世界…. 腕にはめた感覚は人肌に順応する温度差と金という素材の肌に馴染むその優しさであり、デイトジャストという創世記たる3代目1951年の証が、1948年から1953年頃の間しか存在しないダイアルに配された”ROLEX”のアプライドに表現されたプレートに宿り、60年以上の年輪として経年のヤケがダイアル全体に広がりこの一品の個性として見た者に深い感動を与える。 当然、その年代独特のウエッジの楔型インデックス、そしてそのトップ部分についたドットのラジウム塗料のドットポイント、アルファー針の同じくラジウム夜光も完全体としてその当時を物語る。デイトカウンーは未だフリップロックレンズの前時代のフレームのある気品の漂うクオリティーの高いデザインを採用。秒針の先端部分は折れているが、それほど気にならないものであろう。すべてこの個体と同じローズゴールドパーツで当時のままのコンディションである。そしてムーブメントは未だ片巻き最後となる6姿勢差調整、リム部分にチラねじを差し込み、テンプの回転時における抵抗を無くした往年のスーパーバランス、当然18000振動のロービートの優しい時の味わいをガンギとアンクルを通して聞こえてくる最高の名機であることには間違いはない。リューズのねじ込みも完璧、キチ周りのガリガリ感も無く、年代として、ビンテージとしてパーフェクトと言っても過言ではない。 そして最後にこの一品の最大の価値のひとつとしての最後のストーリーを飾るは、この一品の純正の18金無垢ローズゴールドのジュビリーブレス、伸びはかなりあるが、この一品に対しては気にならないほど、それはこのブレス自体も1948年から53年頃までの非常に短い期間に製造された一品、フラッシュフィットとしてもセカンドRef.6075、その後の6105,そして今回の6305だけの純正となり、それが18金無垢ローズゴールドであることで、限界数値を導く最高に希少な一品としてこの一品に出会うすべての方が深い哀愁に導かれることをお伝えしておこう。 1945年、創業40周年のパーティーの席で、世界で始めて小窓に日付が自動的に変わる腕時計が発表された。それは、ハンス(創業者ハンス・ウィルスドルフ)が最愛の妻、そして親愛なる友と幾度と語り合った夢への軌跡であり、その2人から託された遺言の熱いメッセージとして誕生したことを前頭で述べたい。 そんなデイトジャスト4467も1950年頃まで製造されたとされるが、翌年の1946年には2代目となるRef,6075が誕生となり、6084オイスター同様、スーパーオイスターリューズの導入となる。しかしこのデイトジャスト創世記は謎ばかりで、その後の1952年頃にはまだ6075は存在しているものの、ムーブメントを745キャリバーに変えて、Ref.6105が誕生となり、その同年6305というリファレンスも登場している。リファレンスからみると今までの経験上、両者とも700000番台シリアルの個体もあり、1951年以前から製造されていた可能性もある。当然そこにはロレックス史が語るようにムーブメントが切り替わるのをきっかけにモデルチェンジを行ってきたロレックスだけに、やはりその兼ね合いも非常に高い。その点を見てみると、Ref.6075の搭載機はCal.730、キャリバーナンバーは与えられていないがA285サイズと呼ばれる4467と同系機、6015、6035は745とい1030の軌跡ともなった名機を搭載している。共に初期の800000シリアルの初期のものは、1948年頃に商品化したリューズを押し込まずにインサイドにラバーを備えサントドイッチのように上下に押し込むその圧力で防水を可能にしたスーパーリューズが採用された個体も存在する。ダイアルにもその年代を証するアプライドのプレート状の”ROLEX”のエンブレムが備えられた。このデザインは1953年頃を最後にプリントとなり、リューズも同時期にツインロックへと切り替わっていく。なぜこの年代にバブルバックの6000番台リファレンスの存在、セカンド6075、そして6105、6035と続き、1955年の1030キャリバー誕生と共にすべて大地が横転するかのようにスポーツモデルが誕生し、すべてモデルチェンジとなっていったのか。それはやはりロレックスが1940年代以前から開発に取り組んできたバブルバック誕生と共に、片巻き上げの存在を両方向から巻き上げる開発をフェルサに先を越されたことに発するような気がする。当然、フェルサはBIDYNATORという言葉を、エボーシュとして他メーカーが使用することで時の人となり、ロレックスの長年であった両方向巻き上げの開発の努力が無駄になってしまったとも言えよう。その開発の裏に隠れたいろいろな戦略が重なり、このような結果となったのかもしれない。ここまではあくまでも私の推測であるから間違っているかもしれないが、今回ご紹介するRef.6305がいかにロレックスにとってキーマンとなっていき、短い生涯を閉じたのかが、このストーリーで分かって頂けると思う。